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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13057号 判決

原告

桜井景次

被告

株式会社大和銀行

右代表者代表取締役

阿部川澄夫

右訴訟代理人弁護士

平岩新吾

牛場国雄

主文

一  原告の戒告処分の無効確認の訴えを却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、金五〇〇万円を支払え。

二  被告が原告に対してした戒告処分は無効であることを確認する。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和四四年八月に被告に入社し、東京都千代田区所在の被告の富士見寮の寮勤務員として勤務し、また、同寮の一部に居住してきた。

被告の寮にはその運営管理に当たる舎監がおかれ、寮勤務員は舎監の指揮監督のもとに勤務することとなっている。昭和二五年七月から昭和四七年一〇月までは高橋勝、昭和四七年一〇月から昭和六二年一〇月までは古館明、昭和六二年一〇月から平成元年七月までは嵯峨宣爾がそれぞれ富士見寮の舎監に在任し、同寮の一部に居住していた。また、昭和五七年九月には根本良伍が寮勤務員として赴任してきた。(〈証拠略〉)

2  昭和六三年一一月二日午後四時ころ、同月四日午後三時ころ及び午後六時ころ、それぞれ警察官二人が富士見寮を来訪し、原告は事情聴取を受けた。

3  被告は、平成元年三月二七日、原告に対し別紙(略)のとおりの内容の戒告書二通を交付した。

二  争点

1  原告の主張

警察官が富士見寮を来訪し、原告が事情聴取を受けたのは、被告が依頼したためであり、右警察官の派遣及び不当に戒告処分に付したという被告の不法行為により、原告は精神的苦痛を被った。

2  被告の主張

戒告は事実行為にすぎず、その無効の確認を求めることは、訴えの利益を欠く。

第三争点に対する判断

一  損害賠償請求について

1  原告本人尋問の結果中には、一一月四日午後六時ころに富士見寮に来訪した警察官が、銀行の偉い人に頼まれたといい、原告は警察官から、入社の年月日、仕事の内容、家族構成、寮内の人間関係等一時間にわたって聞かれ、また、管理人の嵯峨とうまくやっていけないのかといわれた、同月二日及び四日午後三時ころに警察官が来訪したのは嵯峨が依頼したものと思われるが、その前に被告は嵯峨に対して警察官を呼ぶことを禁じていたから、右のとおり嵯峨が警察官を呼んだのは被告の許可があったものと考えられるとの部分がある。

しかしながら、(証拠略)、昭和六三年一〇月一八日富士見寮の舎監嵯峨から、嵯峨の妻の植木鉢を原告が捨てようとしているので警察を呼んでいいかと人事部に問い合わせてきた、そこで森本人事部次長、木村代理が富士見寮に行き、原告には他人のものを勝手に捨てるなと注意をし、嵯峨には被告のことは被告の中で解決すべきだとして、警察を呼ぶことを自重するように指示した、昭和六三年一一月二日、四日は原告が嵯峨の妻の大事にしている植木鉢を捨てようとし、これを制止しようとした嵯峨の妻に対して威嚇的な態度を取ったりしたので、一人でいた嵯峨の妻は独自の判断でとっさに警察に電話をしたとの部分に対比すれば、被告本人尋問の結果中被告が警察官派遣を依頼あるいは許可したとの部分は採用することができず、結局、被告が警察官を富士見寮に派遣するよう依頼したとの原告の主張を認めることはできない。

2(一)  被告の就業規則第一〇条には「職員は出勤後直ちに自ら出勤簿に捺印しなければならない」と定められているにもかかわらず、原告は、月末に一カ月分をまとめて出勤簿に捺印していた。これに関して昭和六〇年一一月二二日人事部益田次長が就業規則通り、毎日自ら出勤簿に捺印するよう指示したが、その指示命令を守らなかった。原告は、さらに、昭和六二年七月一日以降出勤簿に全く捺印しなくなったので、昭和六二年一一月二七日に人事部伊勢戸次長が、昭和六三年一〇月三日には後任の森本人事部長が、就業規則通り、毎日自ら出勤簿に捺印するよう指示命令したが、原告はこの指示命令も全く守っていない。(〈証拠略〉)

原告は、月末に一括して出勤簿に押印したり、全く押印しなくなった理由として、出勤簿の管理はでたらめで規則どおりに正しく押印されてはいなかった、被告、富士見寮の舎監は、出勤簿の氏名の順序を変えて原告の氏名を根本より後順位にしたり、他の寮勤務員の記名にはゴム印を使用しているのに原告の名だけペンで手書きにするなどのいやがらせが先行していたからと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれと同旨の供述部分がある。しかしながら、(証拠略)、出勤簿への押印はかつては規則どおりになされていなかったこともあったが、昭和五七年一一月の人事部の指示があってからは、原告以外は規定どおり毎日押印するようになったこと、出勤簿の氏名は、出勤表取扱規定により資格順に記入することになっており、各自の資格の変動等により記載順が上下することになり、原告と根本についてもその資格の変動に伴い氏名記載位置をかえ、昭和五九年五月から昭和六一年二月までの間は原告、根本の順にすべきところ(その前後は根本、原告の順となる。)、その是正措置が遅れたことがあったが、それは担当者の不手際に過ぎないこと、出勤簿の氏名の記載方法には格別の規定がなく、ペンで手書きするのはゴム印が摩耗したときや見当たらなかったときになされるもので、原告以外の例もあったことが認められる。

以上によれば、原告が、出勤簿への捺印についての被告の指示に従わなかったことに正当な理由は認められない。

(二)  原告は舎監高橋勝、舎監古館明、舎監嵯峨宣爾のいずれとも折り合が悪く、風呂のボイラーが稼働中は舎監が他の仕事を指示しても殆ど行わない、仕事に必要な用品類を事前に舎監の承認得ずに購入する、根本が富士見寮に配属になった昭和五七年一〇月からは、自分の仕事は寮の庭の掃除とゴミ処理等建物の外の作業であると勝手に決めてしまった、休日の予定の申告を規定どおり行わない、事前に舎監の承認を得ずに拘束時間中外出する等舎監の指示命令に従わず、益田次長、伊勢戸次長、森本次長等が改善するよう再三注意したにもかかわらず、原告は一向に改善しなかった。(〈証拠略〉)

(三)  原告は、昭和六四年一月四日、富士見寮正門脇通用口の鉄扉に鉄鎖をまきつけて封鎖して開閉を不能にし、撤去するようにとの舎監嵯峨の指示にも従わないので、銀行は同日鉄鎖を撤去した。しかし、原告は、同月五日右通用口に土を入れたドラム缶七、八本を横にならべて、嵯峨一家の通行を妨害し始めた。そこで同日森本次長が、ドラム缶を早急に撤去し、通行可能にするように厳重注意したが、原告はこれに全く従おうとしなかっただけでなく、さらにその後同一場所に銀行敷地内の土砂を盛り上げて通行を困難にし続けた。また、原告は、土砂を採るためにブロック塀の基礎部分におよぶまで穴を掘り、植木を切り倒したり、配水用のU字溝を掘り起こして放置したりしたので、舎監嵯峨は、その行為をしないよう再三注意したりしたが、原告はそれを無視して続行した。平成元年三月一三日、森本次長が富士見寮において原告に対しこのようなことをしないよう厳重に注意するとともに、元の状態に復すように指示命令した。しかし、原告が、その指示命令を守らなかったので、被告が同月二〇日一旦土盛りを撤去して整理復元したところ、原告は、同月二二日再び同様な行為を行ったので、直ちに森本次長が行為の中止を命じた。(〈証拠略〉)

原告はこの点につき、嵯峨の妻は支店長専用の玄関から出入りしていたから、前記通用口は不要となったからと主張し、原告本人尋問の結果中にこれと同旨の供述部分があるが、これをもって被告の指示に従わなかったことが正当とされるものではない。なお、証人森本の証言によれば、舎監嵯峨の妻が支店長の玄関を利用したのは、通用口を使用する際作業している原告と出会った際にいやがらせをされたこともあり、恐怖心があったからであると認められる。

(四)  以上によれば、被告が、別紙(略)二通の戒告書を交付し、原告を戒告したことに違法性は認められない。

3  したがって、警察官が富士見寮を来訪し、原告が事情聴取をされたこと、被告から戒告されたことにつき、原告は被告に対し損害賠償請求権を有するものではない。

二  戒告の無効確認について

被告の就業規則においては、六二条が懲戒事由を定め、譴責、減給、降格、諭旨退職、解雇の五種の処分をおこなうものとし、戒告の効果については格別の規定がない。(〈証拠略〉)

したがって、戒告は単なる文書による注意で懲戒処分ではなく、事実行為であるとみるしかない。原告は、右戒告処分の無効の確認を求めているが、戒告の無効という過去の事実行為の確認を求める訴えは、原則として許されない。ただし、戒告の無効を確認しておくことが、紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合は、確認の利益があるものとして、右無効確認の訴えも許容されるが、本件においては右必要性は認められない。結局、本件戒告の無効確認の訴えは、その利益を欠き、不適法である。

(裁判官 長谷川誠)

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